迷惑をかけたくないと考えるとしても

対人関係

「人に迷惑をかけてはいけない」と教える国、日本

「人に迷惑をかけてはいけない」

と、言われたことはありませんか。

親、学校の先生、友達など、色々な人から。

他の国では違うみたいですけど、日本では、人に迷惑をかけてはいけないということを擦り込む教育がされてきたようです。

今でもそうだと思います。

色々なところで「人に迷惑をかけてはいけない」という雰囲気が漂っています。

この「迷惑をかけてはいけない」という考えはそこそこ曲者です。

「迷惑をかけてはいけない」という考えに縛られてしまい、色々な行動ができない人がそれなりにいるように思います。

「迷惑」とは

「迷惑をかける」ってどういうことなんでしょうか。

ちゃんと考えてみたことはありますか。

僕は何回も「人に迷惑をかけてはいけない」とは言われたものの、今回初めて「迷惑」の意味を調べて考えたくらいです。

これまでの人生で、「迷惑」という言葉の意味を、あまり深く考えたことはありませんでしたよ。

「迷惑」とは

「迷惑」とは、

他人のことで、煩わしく嫌な目にあうこと。

とか、

ある行為がもとで、他の人が不利益を受けたり、不快を感じたりすること。

という意味みたいですね。

何が煩わしいか、何が不快か、何が不利益かというのは、人によって全然違うはずです。

また、同じ人が相手でも、状況によって、煩わしさとかも変わってきますよね。

すっごく忙しいときに何か頼まれたら、「迷惑だ」って感じることもあるでしょうし、ヒマなときだったら、「ちょうどいい暇つぶしになるな」って感じるときもあるでしょう。

「迷惑」かどうかは主観的な判断

迷惑かどうかというのは、個人による評価です。主観的なんですね。

あることをしたときに迷惑かどうかは、相手やタイミングによる、ということですね。

何かをしたら誰にとっても必ず「迷惑」というわけではなさそうです。

ドMな人

ムチでピシピシ叩かれることが快楽っていうドMな人すら、いるみたいです。

ですので、誰かをムチでピシピシ叩いたからといって、絶対に迷惑かというと、そうでもないみたいです。

そもそも、ムチでピシピシされた経験のある人は、僕の周りにはいませんね。

本人が黙っているだけなのかもしれませんけど。

本当にいるんでしょうか、そんなドMの人。

どうでもいいや。

迷惑をかけないことは不可能

多くの人が、他人に迷惑をかけないということを目指しているんでしょうけど、そもそも、

人に迷惑をかけない

ということは可能なのでしょうか。

迷惑をかけてしまう例

直接の相手に迷惑をかけるケース

良かれと思ってしたことが、相手の気分を害した、ということってないですか。

ぬいぐるみをプレゼントしたら、置く場所がないから要らないと思われてしまったり、

普通にアドバイスをしたつもりが、そんな言葉は求めてないと思われたり、上から目線だと思われてしまったり。

こういうのは、相手が何を求めているかを捉え間違えてしまったパターンですかね。

でも、これを恐れてあまり慎重になってしまうと、相手に好意で何かをしてあげるということが、難しくなってしまいますよね。

相手が何を求めているかがわからなくなったら、

「こういうことされたら助かる?それとも困る?」

って、直接その相手に聞いてみたらいいと思います。

他の人が不快に思っているケース

行為の直接の相手に迷惑をかけなくても、他の人からしたら迷惑、というケースは非常に多いと思います。

例えば、

彼女をドライブに誘ったとして、彼女は喜んでくれた。でも、近くの歩行者からすれば、車が通っている間は道路を歩けませんし、近くを歩くときに危険に晒される可能性があります。ですので、車に乗るという行為自体、誰かにとっては迷惑なんでしょうね。排気ガスも出る。

満員電車に乗りこんだら、他の乗客にとっては迷惑なんでしょうね。この場合、直接の相手ってのは鉄道会社だと思えばいいのかな。運賃を払っているので、鉄道会社にとっては迷惑ではないんでしょうね。

会社に就職したら、採用枠1人分を奪ってしまっています。他の人が就職する機会を奪っているという見方もできそうです。そこの就職面接で落ちた人からすれば、自分以外の人が就職することは、迷惑なのかもしれません。

極端な話ですが、何かを食べるだけで、他の人が食べることができた分を奪っている、という見方すらできてしまいそうです。

ですので、大概のことは、誰かにとっては迷惑なんでしょうね。

ということで、本人がどういうつもりなのかはさておき、生まれてきた時点で他人から何かを奪って生きているという側面がある以上、生きていく上で必ず誰かに迷惑をかけてしまっている、と考えた方がよさそうです。

迷惑をかけないつもりで今すぐ死のうとしても、色々な人にたくさんの迷惑をかけることになりそうです。

ということで、「迷惑をかけない」ということは不可能なんだと割り切った上でどうするかを考えた方がいいように思います。

「迷惑をかけてはいけない」をどう考えればよいか

「迷惑をかけてはいけないよ」とだけ言うと、不可能を強いることになってしまいそうです。

また、「誰にも迷惑をかけたくない」と思ってしまうと、何もできなくなってしまいます。

そこで、少し限定してみます。

「なるべく」迷惑をかけない

とか、

「不必要に」迷惑をかけない

とか、

「利己的に」迷惑をかけない

とか。

こういう言葉を前に足せば、実現可能な目標になってきますね。

実現できそうもないことを目指して窮屈に考え過ぎるのも良くないですし、「迷惑をかけてはいけない」というのは、

なるべく他人に迷惑をかけないようにする方が望ましい

ぐらいに捉えておいた方が、目指すモチベが湧きませんか?

参考:インドでの「迷惑」に関する考え方

インドでの「迷惑」に関する考え方はご存知でしょうか。

日本のような「迷惑をかけてはいけない」ではなく、こう考えるようです。

あなたは人に迷惑をかけて生きているのだから

あなたも人のことを許してあげなさい

「迷惑」に対する考え方が、日本とは違いますね。

迷惑をかけないことよりも、人に対する寛容さを求める感じです。

どう生きても人に迷惑をかけてしまうということを認め、その上で、どうしたらよいかを考えているので、生産的ですし、落ち着いて目指しやすそうです。

何より、このストレス社会で生きていくための、なるべくストレスを感じなくするための提案のように思えます。

まとめ

日本での「迷惑」についての考え方について、「人に迷惑をかけてはいけない」という考え方自体がおかしいとは思いません。ですが、ちょっと言葉足らずな感じです。「不必要に」とかを前に付けて考えた方が良さそうです。

最近のツイッターとかを見てますと、「〇〇があってあいつマジ許さん」みたいな、誰かに対してブチ切れている怒りのツイートはよく見ます。ツイッター上だけじゃなくて、色々な人が、色々な場面で、怒ってもいいことがなさそうな場面で怒ってしまっているように感じます。

まあ、怒っても当然だというようなケースもあるんでしょうけどね。

ただ、ストレスを溜めるのは体にも悪いですし、怒っている他人を見て気分が良いという人は少ないでしょうから、寛容になれる場面が増えた方が、色々と得する気がします。

よく他人に対してイライラしてしまうという人は、インドの「迷惑」についての考え方を、参考にしてみるというのはいかがでしょうか。

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